日本女子ゴルフの歴史を切り拓き、アジア人初のメジャー制覇を成し遂げた不世出のレジェンド・樋口久子さん。黄金世代やプラチナ世代が世界で躍進する2026年の今も、ツアー会場に凛とした姿で現れる彼女の私生活には、長年多くのゴルフファンから高い関心が寄せられています。
ネット上では「樋口久子の現在の夫は誰?」「元夫との離婚理由は何だったのか」といった疑問が絶えません。実は、彼女は過去に同業である男子プロゴルファーと結婚歴があり、かつてゴルフ界を揺るがすビッグカップルとして脚光を浴びました。今回は、元夫である松井功氏との出会いから電撃離婚の真相、子供の有無、そして気になる再婚の噂まで、取材記者の視点から余すところなく紐解いていきます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:樋口久子の元夫は元PGA会長の松井功氏であり、1970年代に誕生したゴルフ界屈指の大物夫婦だった
- 要点2:離婚の主因は過酷なツアー転戦によるすれ違いと自立したプロ意識の衝突であり、子供はおらず再婚もしていない
- 要点3:2026年現在も独身を貫きながらJLPGA相談役として後進を見守り、生涯をゴルフ界の発展に捧げている
【真相】樋口久子の夫は誰?元夫・松井功氏との結婚劇
結論から言うと、2026年現在、樋口久子さんに夫はおらず独身です。しかし過去に一度だけ結婚歴があります。そのお相手こそ、男子ツアーで活躍し、のちに日本プロゴルフ協会(PGA)の会長も務めた松井功(まつい・いさお)氏です。
ふたりが結婚したのは1970年代のこと。当時の樋口久子さんは国内女子ツアーを牽引する絶対女王であり、一方の松井氏も関西を拠点に関西プロゴルフ選手権を制するなど、実力派プロとして名を馳せていました。男子トッププロと女子ナンバーワンプロの結婚は、スポーツ紙の1面を大きく飾り、日本中から祝福を受ける世紀のビッグカップル誕生となりました。
互いにプロゴルファーとしての苦楽を理解し合える理想のパートナーに見えたふたり。しかし、トップアスリート同士の結婚生活には、一般家庭とは異なる過酷な現実が待ち受けていました。
プロゴルファー夫婦のすれ違い|電撃離婚の理由と背景
大きな注目を集めてスタートした結婚生活でしたが、数年を経てふたりは協議離婚という道を選びました。泥沼の愛憎劇や不倫スキャンダルではなく、離婚の直接的な理由は「プロゴルファー同士ゆえの極端な生活のすれ違い」でした。
プロゴルファーは年間数十試合におよぶトーナメントのため、日本全国はもちろん海外へと飛び回る生活が日常です。特に当時の樋口久子さんは、国内ツアーだけでなく米国の女子ツアー(LPGA)にも果敢に挑戦していた全盛期。互いに拠点が異なり、1年のうち同じ屋根の下で過ごせる日数は数えるほどしかありませんでした。
さらに、ふたりとも妥協を許さない超一流のアスリートです。勝負の世界に身を置くプロとしてのプライドや、ゴルフに対する価値観の違いが、限られた時間のなかで少しずつ溝を深めていったと伝えられています。互いのゴルフ人生を最優先にするため、わだかまりを残すことなく下した苦渋の決断が、この離婚劇の真相でした。
子供の有無と家族構成|独身を貫いた私生活のリアル
樋口久子さんと松井功氏の間に子供はいません。結婚していた期間が過密日程のトーナメント転戦期と完全に重なっていたこともあり、家庭に入って子育てをする環境を作ることは難しかったと考えられます。
離婚後、樋口さんは再婚することなく、埼玉県川越市にある実家や近郊の自宅を拠点に、ゴルフ漬けの生活へ完全に回帰しました。樋口さんの家族といえば、幼少期にゴルフの手ほどきを受けるきっかけとなった実兄の存在が有名です。家族の温かい支えを受けながら、彼女は母や妻としてではなく、「プロゴルファー・樋口久子」として一人で生きる道を選び取りました。
私生活では無駄な贅沢を好まず、質素で節制された生活リズムを守り続けていることでも知られています。身軽な独身生活だからこそ、後年引き受けることになる日本女子ゴルフ界の重責に、私心を捨てて全身全霊で打ち込むことができたのです。
離婚後の再婚の噂は?生涯をゴルフに捧げたレジェンドの生き様
離婚から現在に至るまで、週刊誌等で「樋口久子が再婚か」といった噂が立ったことは何度かありました。しかし、これらはすべて根拠のない憶測に過ぎず、一度も再婚した事実はありません。
なぜ彼女は再婚を選ばなかったのか。その背景には、一人のプレイヤーから「ゴルフ界を背負う指導者」へと立場が変化していった歴史があります。
現役引退が視野に入り始めた1990年代、日本の女子ゴルフ界はバブル崩壊とともにスポンサー離れが進み、深刻な存亡の危機に瀕していました。そんな1996年、樋口さんは周囲の熱烈な要請を受けて日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)の第6代会長に就任します。そこからの15年間は、自身のプライベートや再婚などを考える余裕すら一切ない、壮絶な改革の連続でした。
「女子プロゴルフを絶対に衰退させない」という強い責任感こそが、彼女を独身のまま突き動かした原動力だったと言えます。
【全米女子プロ制覇からJLPGA会長へ】樋口久子の輝かしい経歴
ここで改めて、樋口久子さんが成し遂げた前人未到の足跡を振り返ってみましょう。彼女の経歴を知ることで、私生活を犠牲にしてまで彼女が守り抜いたものの大きさが浮き彫りになります。
樋口さんのキャリアにおいて最大の金字塔といえば、1977年の「全米女子プロゴルフ選手権(LPGAチャンピオンシップ)」優勝です。当時、アジア人として誰も成し遂げられなかった米メジャータイトルを獲得。この歴史的偉業は、日本スポーツ界全体の誇りとして語り継がれています。
国内ツアーでも通算69勝(生涯通算72勝)という圧倒的な成績を残し、永久シードを獲得。2003年には日本人初となる世界ゴルフ殿堂入りを果たし、2014年にはスポーツ界から初となる文化功労者に選出されました。
プレイヤーとしての実績だけでなく、JLPGA会長時代の手腕も傑出していました。ツアーのプロアマ戦での接遇教育を徹底し、スポンサー企業に対するファンサービスを抜本的に改革。その土台があったからこそ、後の宮里藍ブームが巻き起こり、現在の日米を席巻する日本女子ゴルフの隆盛が築かれたのです。
元夫・松井功氏と樋口久子の現在|最新の活動状況
離婚から数十年が経過した現在、元夫婦であるふたりはどのような関係と境遇にあるのでしょうか。
元夫の松井功氏は、現役引退後にゴルフ解説者として歯切れの良い語り口で人気を博したほか、2006年から2012年まで日本プロゴルフ協会(PGA)の会長を務めました。奇しくも、かつて夫婦だったふたりが、同時期に日本の男子・女子プロゴルフ組織のトップに立っていたことになります。互いに異なる組織を率いる立場としてゴルフ界の発展に尽力し、現在もゴルフ界の重鎮として確固たる地位を築いています。
一方の樋口久子さんは、2011年にJLPGA会長を退任した後、「JLPGA相談役」に就任。80代を迎えつつある2026年現在も、その存在感は衰えていません。毎年秋に開催される冠大会「樋口久子 三菱電機レディスゴルフトーナメント」では自らコースに立ち、次世代を担う若手選手たちへ温かくも厳しい視線を注いでいます。
夫婦という個人的な絆は途切れましたが、ふたりは「日本ゴルフ界を共に支えた戦友」として、互いの功績を静かに認め合っています。
【樋口 久子 夫】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:樋口久子さんの元夫は誰ですか?
A1:元男子プロゴルファーで、後に日本プロゴルフ協会(PGA)会長も務めた松井功(まつい・いさお)氏です。1970年代に結婚し、ゴルフ界を代表する大物カップルとして話題になりました。
Q2:樋口久子さんと松井功さんの離婚理由は何ですか?
A2:主な原因は、互いに現役トッププロとして年間を通じてツアー転戦を続けていたことによる「すれ違い生活」です。不仲やスキャンダルではなく、自立したプロアスリート同士が互いのキャリアを尊重した結果の協議離婚でした。
Q3:樋口久子さんに子供や再婚相手はいますか?
A3:松井氏との間に子供はいません。また、離婚後も現在に至るまで再婚はしておらず、独身を貫いています。JLPGA会長などの要職を務め、人生のすべてをゴルフ界の発展に捧げてきました。
まとめ:夫婦の枠を超えて日本ゴルフ界を牽引した功績
樋口久子さんの「夫」を巡る歴史は、単なる芸能スキャンダル的な話題にとどまらず、日本ゴルフ界の歩みそのものと深く結びついていました。
男子ツアーを支えた松井功氏との結婚と別れ、そして子供を持たずに生涯独身を貫いた決断。家庭生活という個人の幸福を脇に置き、プレイヤーとして、そしてJLPGA会長として前進し続けたからこそ、今日の華やかな女子プロゴルフ人気が存在します。
2026年を迎えた今もなお、ツアー会場で後進に金言を授ける樋口久子さん。夫婦という枠組みを超え、ゴルフの発展に命を燃やした彼女の潔い生き様は、これからも時代を超えて多くの人々に深い敬意とともに語り継がれていくはずです。 (出典: 樋口 久子 夫(Yahoo!ニュース))