全身真っ赤なスーツに鮮やかな金髪、そして並み居るインテリを圧倒する明晰な頭脳。情報番組のMCやコメンテーターとしてお茶の間に確固たる地位を築いたカズレーザーですが、その唯一無二のキャラクターが一体どのようにして完成したのか、詳しい軌跡を知る人は多くありません。
ネット上では定期的に「昔の姿が今と違いすぎる」「黒髪だった頃がイケメンすぎる」と話題になり、名門大学出身でありながら大手銀行の内定を辞退したエピソードや、あの超人気芸人とコンビを組んでいた過去に驚きの声が上がっています。希代の天才芸人はどのような下積み時代を過ごし、ブレイクへと至ったのか。知られざる過去の真相を徹底取材で紐解きます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:金髪赤服の定着前は爽やかな「黒髪青年」であり、本名の金子和令として過ごした学生時代の写真が美男子だと度々バズを起こしている。
- 要点2:同志社大学時代には「さらば青春の光」の東ブクロとお笑いコンビを組み、大手信託銀行の内定をあっさり辞退して自衛隊を受験した破天荒な過去を持つ。
- 要点3:トレードマークの赤は名作漫画『コブラ』への敬愛から。6年に及ぶ過酷なピン芸人時代を経て、安藤なつを猛口説きした「メイプル超合金」結成が最大の転機となった。
【昔の写真が話題】黒髪時代の青年期と本名「金子和令」のルーツ
現在でこそ金髪に赤い服がパブリックイメージとして完全に定着していますが、高校生以前のカズレーザーは当然ながら黒髪のナチュラルな姿でした。本名は金子和令(かねこ かずのり)。令和への改元時には、新元号の文字が自身の本名に含まれていたことからワイドショーでも大きな脚光を浴びました。
埼玉県加須市出身の彼は、県立熊谷高校という県内屈指の進学校に通っていました。当時の卒アル写真や学生時代のスナップがメディアで公開されるたび、SNSでは「普通に超絶イケメン」「爽やかすぎて誰か分からない」と感嘆の声が漏れます。端正な顔立ちとすらりとした高身長は当時から際立っており、現在の奇抜なビジュアルとは全く異なる、清潔感あふれる好青年そのものでした。
ちなみに「カズレーザー」という特徴的な芸名は、実兄が幼い彼を呼んでいたあだ名と、特撮ヒーロー番組『仮面ライダーV3』に登場する怪人「カニレーザー」の語感を掛け合わせたもの。奇抜に見える芸名の原点も、すでに少年時代の記憶の中に深く根を下ろしていました。
【同志社大学時代】さらば東ブクロが元相方!伝説の学生コンビ「フルハウス」
高校卒業後、カズレーザーは名門・同志社大学商学部へと進学します。京都でのキャンパスライフにおいて、彼の人生を大きく動かす運命的な出会いがありました。それが、のちに「さらば青春の光」として大ブレイクを果たす東ブクロ(当時は本名の東飛迂馬)との出会いです。
同志社大学の喜劇研究会に所属した2人は、漫才コンビ「フルハウス」を結成。大学のお笑いサークル界隈では当時から頭抜けた存在として知られ、学生芸人の全国大会で賞を獲得するなど、アマチュア離れした実力を見せつけていました。当時のカズレーザーのボケはシュールかつ前衛的で、東ブクロの切れ味鋭いツッコミと見事な化学反応を起こしていたと伝えられています。
大学卒業を控えた時期、東ブクロはプロを目指して松竹芸能の養成所に入ることを決断。一方のカズレーザーも一度はプロ入りを志向したものの、互いの将来設計のズレなどからフルハウスは発展的解消を迎えました。現在もお互いの番組で昔話を笑顔で語り合える特別な関係性は、この熱狂的な学生時代に培われたものです。
【大手銀行の内定辞退と自衛隊受験】就活を巡る破天荒すぎるエピソード
大学時代のカズレーザーを語る上で欠かせないのが、規格外すぎる就職活動の逸話です。名門大学の商学部に在籍していた彼は、超難関とされる大手信託銀行から内定を獲得していました。将来の安定が約束されたも同然の切符を手に入れながら、彼はあっさりとその内定を辞退してしまいます。
辞退の理由を問われた際、本人はバラエティ番組などで「とにかく働きたくなかった」「朝早く起きる生活が自分には無理だと思った」と淡々と告白しています。常人には理解しがたい直感的な決断ですが、敷かれたレールの上を歩むことへの違和感を誰よりも敏感に察知していた証拠といえます。
さらに異色なのが、銀行を蹴った直後に自衛隊の幹部候補生採用試験を受験していたという事実です。「身体を動かす仕事なら面白そう」という理由で一次試験を難なく突破。しかし、続く適性検査や面接の段階で不合格となりました。もしこの時合格していたら、防衛省の要職に就くエリート自衛官になっていた可能性すらありました。この極端なキャリアの振れ幅こそが、天才・カズレーザーの予測不能な魅力の根幹を物語っています。
【なぜ全身赤なのか?】赤い服にこだわり続ける理由と「コブラ」への敬意
カズレーザーの代名詞といえば、365日欠かさず身につけている上下真っ赤な衣服です。なぜここまで徹底して赤にこだわるのか。その決定的な理由は、寺沢武一による名作SF漫画『コブラ』の主人公への強い憧れにあります。
左腕にサイコガンを持つ一匹狼の宇宙海賊・コブラの圧倒的な強さ、洒脱なユーモア、そして常に赤のタイツをまとう不敵な佇まいに、少年時代の彼は強烈な美学を感じ取ったといいます。実は大学時代だけでなく、高校2年生の時点ですでに私服を赤で統一し始めており、周囲の生徒や教師を驚かせていました。
「赤を着ていると単純に気分が良い」「服を選ぶ時間が省けて極めて合理的」と本人が語る通り、そこには単なる目立ちたがり屋の枠を超えた、独自のライフハックと徹底した合理主義が宿っています。流行や他人の目を一切気にせず、自分が最も心地よいスタイルを貫く姿勢は、若者層からの支持を集める大きな要因です。
【過酷な下積み時代と転機】ピン芸人から「メイプル超合金」結成への知られざるドラマ
自衛隊受験を経てお笑いの道へ本格的に舵を切ったカズレーザーは、芸能事務所「サンミュージックプロダクション」の養成所(TOKYO☆笑BIZ)に入所。しかし、そこから約6年間、まったく芽が出ない過酷な下積み時代を過ごすことになります。
当時は「レッドレーザー」などの芸名でピン芸人として活動。舞台上で不可解なショートコントを連発したり、客席を煙に巻くアバンギャルドなネタを披露したりと、その才能を正しく理解できる関係者は極めて少数でした。毎月の収入は数千円程度、日払いのアルバイトで食いつなぎながら、木造アパートで芸人仲間と共同生活を送る困窮の日々が続きます。
転機が訪れたのは2012年のこと。事務所のマネージャーから「ピンのままではテレビに出られない。コンビを組め」と最後通告を突きつけられたカズレーザーは、当時別の女性コンビを解散して引退を考えていた安藤なつに目をつけます。
「この大きな女性と組めば、自分の狂気的なボケがポップに見えるはずだ」と直感した彼は、新宿の居酒屋に安藤を呼び出し、「今ちょうど130キロの女性を探していたんです。僕と組めば絶対に売れます」と猛アプローチを敢行。熱意に押された安藤が承諾し、「メイプル超合金」が産声を上げました。
この読みは完璧に的中します。結成からわずか3年後の『M-1グランプリ2015』で決勝へと駆け上がり、トップバッターとして会場を大爆笑の渦に巻き込みました。強烈なビジュアルの男女コンビが繰り出す高速の掛け合いは審査員と視聴者の度肝を抜き、一夜にして人生を激変させるブレイクを果たしたのです。
【カズレーザーの昔】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:カズレーザーが昔、銀行の内定を辞退したのは本当ですか?
A1:事実です。同志社大学商学部に在籍中、大手信託銀行の内定を獲得していましたが、「朝起きられない」「毎日スーツを着て満員電車に乗る生活が合わない」といった率直な理由で辞退を選びました。
Q2:さらば青春の光・東ブクロとはどのような関係だったのですか?
A2:大学時代のサークル(同志社大学喜劇研究会)の先輩・後輩であり、「フルハウス」という漫才コンビを組んでいた元相方同士です。学生お笑い界では知られた実力派コンビで、解散後も互いの才能を認め合う戦友として親交が続いています。
Q3:昔からずっと現在のような金髪と赤服だったのでしょうか?
A3:高校時代からすでに私服は赤が中心でしたが、髪型は学生時代を通して爽やかな黒髪でした。本格的に金髪と赤のセットアップを固定したのはピン芸人としてプロの活動を始めてからのことです。
まとめ:異色の過去が証明するカズレーザーの唯一無二の生き方
黒髪の秀才青年として過ごした学生時代、東ブクロとのコンビ結成と解散、大手銀行の内定辞退と自衛隊受験、そして6年にわたる極貧のピン芸人時代。カズレーザーの過去を振り返ると、常に世間の「普通」や「正解」に囚われず、自分の直感と好奇心に従って選択を重ねてきた足跡が浮き彫りになります。
安藤なつという最高のパートナーを得て才能を開花させ、知性派タレントとしての不動の地位を築いた背景には、奇抜さの裏にある確固たる教養とブレない美学が存在します。過去の紆余曲折をすべて自らの血肉に変えてきたカズレーザー。常識の枠に収まらない彼の痛快な言葉と活躍から、今後も目が離せません。 (出典: カズ レーザー 昔(Yahoo!ニュース))